絶望した時こそ希望が必要な理由-ユダヤ人強制収容所での実話-

希望

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人生色々あります。嬉しい時もあれば、もちろん絶望する時もある。

悪口言われたり、いじめられたり、仕事を首になったり……

「なんで生きてんだろう」「死んだほうがマシ」「もう生きていても意味ない」

絶望は味わったことのある人しか、この感情はわかりません。本当に辛い。

でもそんな絶望的状況の時こそ希望を持たないといけないんです。

なぜなら精神の影響は体に現れるから。

病は気からなど言われますが、これは本当です。しかも思った以上に強い。希望を持たないと死にたくなっていきますし、病気になりやすい。

希望は人間にとって一番の栄養です。

【実例】ユダヤ人強制収容所での話

『夜と霧』という本をご存知でしょうか?

第二次世界大戦中、フランクルというユダヤ人の精神科医が強制収容所に入れられ、その日々を綴ったノンフィクションです。精神科医なので、強制収容所での人々の行動や心理を見事に考察しています。

強制収容所は地獄です。1日、パン一欠片で重労働させられます。あまりの過酷さに仲間が次々に死んでいきます。その上いつ出られるかわかりません。

この絶望的状況下では不思議なことが次々に起こります。

明らかに栄養失調なのに、風邪を引かないし死なない。ケガをした時、傷口が糞尿まみれになっても化膿しない。

医学的に考えられないことです。

死んでしまう人ももちろんいました。でもこういう不思議なことをフランクルは経験しています。

では死んでしまう人と、生き残った人の差は何なのか?

フランクル曰く……

 

『生き残った人々は希望をもっていた。』

 

そうなんです。彼らはいつ出られるか分からない、過酷な状況下でも希望を持っていました。

家族に再会したい、仕事をもう一度やりたいなど、ささやかかもしれませんが、それを支えに生きていたのです。

逆に希望を持っていない人、もしくは希望を捨てた人は次々に病気になって死んでいきました。

これは精神が体にいかに影響を及ぼしているかといういい例です。

人間はわずかな希望をもっていれば、絶望的状況下でも何とか生きられます。

逆に希望を持っていないと死神がすぐに命を奪っていきます。

希望さえあれば生きられる

今現在、いじめられている、仕事がない、未来が見えない。そんな絶望的なときこそ希望を持つべきです。

将来、成功していじめっ子を見返そうとか。ブログやってみよう。もしかしたらうまくいくかもしれないとか。なんでもいい。

希望があれば、それが支えになって辛いことも乗り越えられる。生きていける。希望を失くすと、すぐに暗黒面に飲み込まれてしまう。

希望って大事です。

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