KYでいい。空気を読むだけ無駄!

ky

「空気を読む」

–その場の雰囲気を感じ取り、対応すること。–

 

皆さん、空気読んでますか?

それ楽しいですか?

ということで第一回「ブラックぼっち論」始めます!

空気を読んだところで……

空気を読むことのメリットってなんなんだろうと考えてみました。

  • 敵を増やさない
  • 批判されない
  • 嫌われない
  • 群れている安心感

空気を読むことで、他人に嫌われないわけです。

コレ、群れていることの安心感につながるわけです。

一方、空気を読まないとどうなるか?

  • 嫌われる
  • 孤独になる
  • 腫れもの扱い
  • 批判の的

まあ、こうなるわけです。

でも、人間というのは複雑な生き物でして、空気を読んだら読んだで、

  • あいつ媚び売り過ぎじゃね?
  • 自分の意見も言えないの?
  • 誰にも迎合する軽いやつだな

となるわけです。

 

なら空気読む意味ねーじゃん!!

アホか!こんなんやってられっか!!

空気読むだけ損じゃねーか!

 

そうなんです。

 

ハッキリ言って、あなたはどっちみち嫌われるんですよ!

大事なことなんでもう一度言うよ!

あ、な、た、は、ど、の、み、ち、き、ら、わ、れ、る!

(というか好かれると思ってんの?思っていたら、ただの驕り。)

だから……

 

空気読まない方がいいじゃん!

 

むしろその方が一人になれるし、気を使わなくてすむ。

群れる安心感よりも一人でいる安心感の方がいい。

一日中、他人といたらストレスでしょうがない。

他人を完璧に理解することはできない

それに他人の気持ちなんて完璧に分かるわけない。

自分の気持ちだってまともにわからないんだから。

フロイトが無意識を発見したのは20世紀初頭。

それ以降、精神分析はユングやらアドラーやらが出てきたが理論はバラバラ。

科学が進んでも、心は解明不可能。

結局、人間の心なんてわからない。

物事に対し、感じ方は人それぞれ。

遺伝、育ち、全て違うのに完璧に理解できるわけない。

ということで人間は100%分かりあうことは不可能。

他人のことを1%でも理解できたら充分だと考えていた方が楽だ。

皆がKYになっても見えざる手が世界を導く

でも皆が空気読まなくなったら、世の中おかしくなっちゃうんじゃないかと思いませんか?

大丈夫。安心してください。

経済学者のアダム・スミスは言っています。

見えざる手が導くと!

アダム・スミスは、投資家が自らの資産運用で、自らの利益を求め、その収益性と危険負担(リスク負担)を熟慮して運用しようとすることを指摘し、かつ擁護している[要出典]。
この様な部分知にしか基かず、全体を見渡した行動ではない(たとえその投資行動が社会全体の利益実現を何ら念頭に置いたものではなくとも)、自利心に導かれた行動、つまり、個別投資家の行動が自らに係る資産運用において安全かつ効率的であろうとすることが、結果的に、あたかも「見えざる手」に導かれるかの様に、全体としての効率的な投資を実現し、経済を成長させることを論じた[要出典]。逆に、他人の個々の投資行動を指図しようとする行為は、誰も責任を取れない行為であり、有害であるか無益なものになる。

引用:見えざる手-Wikipedia

 

誰も理由はわからないが、世の中はうまく回っていくのです。

それが自然の摂理。

世界中の人々が、超自己中で超ワガママで超利己的に動いても世の中は秩序を保つ!

世界すげー。世界ナメたらいかんぜよ。

まとめ

分かりあうことは、難しい。
分かろうとすれば、逆に嫌われる。

空気読むなんて無駄な努力。

努力して嫌われるんだから、馬鹿みたいでしょ。

だったら最初からKYでいいじゃん!

そっちの方がストレスないし、自由!

KYを恥じるな!KY最高!皆KYで行こう!

 

……ということで

「ブラックぼっち論」はKY気味で行きます。
(でも炎上は怖い。鯖落ち怖い。)

脱ぼっちしたい人へ

最後までお読み頂き、ありがとうございます!