「ポジティブ療法VS瞑想」どちらがいいのか?

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哲学者デカルトは言った。

「我思う、故に我あり」と。

それから遡ること約2000年のインド。

菩提樹の下で悟りを開いた男がいた。彼の名はゴータマ・シッダッタ。またの名を釈迦という。

もしデカルトの言葉を釈迦が聞いたなら、こう答えるだろう。

「我なんて概念は存在しない。そんなもの幻だ。思考を止めろ。」

これが西洋と東洋の考えの違いである。

西洋が思考を重視するのに対し、東洋は思考を捨てることを重視する。

では一体、どちらのアプローチが効果的なのか?

負の感情に対して、どちらが効くのだろうか?

西洋の考え抜く力

以前、「松岡修造はネガティブ。弱い奴ほどポジ吠える。」でネガティブをポジティブで打ち消すことを「ポジティブによる対症療法」と言った。

これはいわば、西洋的アプローチ。

思考により、ネガティブを打ち消す方法である。思考に対し、思考をぶつけて消していくのである。

「今、私はネガティブなことを考えてしまった。いけない、ポジティブのことを考えよう!」

名言集や成功哲学書を読んだり、明るいドラマや映画を見て、自分で自分を奮い立たせるわけだ。

これがポジティブ療法である。

しかしこれは対症療法であり、効果は一時的である。なぜなら負の感情というものは、無限に湧いていてくるからである。

東洋の思考を捨てる力

一方、東洋哲学はもっと上を行く。

思考そのものを捨てるのだ。

思考を捨てれば、負の感情すら湧かない。

それが悟りである。

考えなくてもいいことは考えない。自分の中で負の感情を発生させることもなければ、増幅させることもない。

ネガティブの種は心に植えつけられると、夜が来るたびに成長していく。この種は思考が栄養なのである。考えれば、考えるほどドツボにハマるのだ。

だからこそ考えてはいけない。思考を捨てる。

これを実践するのが瞑想である。瞑想は自らをコントロールし、思考を捨てるテクニックなのだ。(ちなみに瞑想やったことない人はこっからスタート。サマタ瞑想の一種:始めよう。瞑想~15分でできるココロとアタマのストレッチ~ 光文社知恵の森文庫

そして常時思考をコントロールできる人が悟った人ということである。

ただ、ほとんどの人は悟りの境地に達することはできない。それくらい難しい。

つまり、悟るまでは瞑想も対処療法のようになる。

「負の思考→思考を捨てる」の繰り返し。

ここで思う。結局どっちも同じじゃね?

思考すべきか?捨てるべきか?

東洋哲学の根本である、思考を捨てるということは、現代社会において非常に危険なのである。

思考を捨ててしまえば、働くことも、勉強することも、貯金することもなくなるだろう。詐欺師にカモられるであろう。借金まみれになるであろう。

悟りを開いていなければ、享楽主義に陥りやすい。

一方で考えすぎると、悩みが増幅し、鬱などの精神病になる。特に現代はストレスが多すぎる。悩みの種は昔よりも多く、成長も早い。考えすぎも禁物なのだ。

では一体どうすればいいのか?

いいとこ取りのダブル療法

結論から言うと、両方やればいい。

普段から名言集を読んで、仕事へのモチベーションを上げる。

仕事のストレス瞑想で消す。瞑想に慣れていれば、負の感情も湧きにくい。

つまりいいとこ取りのダブル療法である。

こうすれば、未来に対し備えもでき、過度に心配することもない。(中庸が全てだとは思わないが、これに限っては中庸がいいと感じている。)

まさに日本的ミックスセンス。日本に生まれてよかったー!

ありがとう西洋!ありがとう東洋!

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