全時代生き残れる「ビジネスのカラス化」

カラス化

前回の記事、ニッチになれば変化に弱い「コアラとカラス」の続き。

コアラやパンダを目指すよりもカラスを目指した方がいいんじゃないか。

その名も「ビジネスのカラス化」

カラスになれないコアラの悲劇

これはここ十数年の間にあった本当の出来事だ。

とある男がいた。男の名はAとしよう。

Aは一流のアニメーターだった。画力は世界トップクラス。ディズニーの作品にも携わった。

彼はアニメーションの技術があれば一生食っていけると思っていた。

しかし突如としてある作品が現れた。

「トイストーリー」だ。

全編フルCGで作られていて、手描きの部分は一切ない。

当初は色物として見られていた。Aもその考えだった。

しかし徐々にCGの作品が増えてきて、やがてCGの作品しかなくなった。

手描きのアニメーションしか作れないAは大変だ。必死にコンピュータを覚えようとしたがわけがわからない。

いや、心のどこかでコンピュータをバカにしていたのかもしれない。

手描きがアニメーションの基本だ。これが廃れるはずがないと。手描きが最高に決まっていると。

そうしているうちにAは会社をクビになった。

CGを作れないアニメーターはもはや必要ないからだ。

実際にこういう話はよくあったそうだ。

ディズニーも現在数名の手描きができるアニメーターは雇ってはいるが、それはアドバイザー的な立ち位置らしい。

手描きに固執したコアラは、環境が変化したら死んでしまったのだ。

コンピュータがカラスなのか?

じゃあコンピュータがカラスになるかというとそれは違う。

確かに今はコンピュータを学んだ人が生き残っている。しかしそれに固執すればコアラになってしまう。

「コンピュータ=変化の象徴」になっているが、コンピュータに頼りすぎたらそれこそコアラだ。

コンピュータが通用しなくなる時

いずれコンピュータが通用しなくなるときが来るのではないか。

例えば戦争が起きたとか。

核爆弾が上空で爆発すれば、放射線でコンピュータは全てダメになる。

もしくはレアメタルの産出国が紛争になり、コンピュータを製造できなくなるなど。

可能性は色々考えられる。

そういう時にコンピュータしか使えない人間は、ただの木偶の坊だ。

進化というのは想像しやすいが、滅亡は想像しにくいから困ったものである。

もしコンピュータが使えなくなったら、また手描きの時代がくる。そうなった時にはAみたいな人間がまた現れる。

コンピュータが進歩しすぎると

もう一つ考えられるのが、コンピュータが進歩しすぎて、人間を必要としなくなった場合だ。

アニメーションも全自動で作ってくれる。人間の手はいらない。コンピュータが脚本を書き、絵コンテを考え、アニメーションを作ってしまう。

こうなった場合、今のアニメーターは全員失職するだろう。

全時代生き残れるのがカラス

結局のところ、アニメーターにこだわっている時点でコアラだったということだ。

失職したら、アニメーターではなく、他の仕事を探すしかない。

しかしそれで飯が食えて生きられるのなら、それが正解だ。

これがカラスだ。カラスは仕事にこだわらない。変化に対応しながら生きていく。

この会社で定年まで働こう!なんて考えはコアラだ。常に転職できるように準備しておくのがカラスだ。

「自分の一生の仕事はこれだ!」と思うより、「今の仕事はこれだ!」

「私にはスキルがある。一生安泰だ」と思うより「このスキルも役に立たなくなる日が来る」

そんなカラス化思考がいつか自分を救ってくれると思う。

脱ぼっちしたい人へ

最後までお読み頂き、ありがとうございます!